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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5250号 判決

原告

田中利信

ほか一名

被告

福野勝敏

主文

被告は、原告田中利信に対し、金四万一〇〇円およびうち金三万六一〇〇円に対する昭和五〇年一一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告株式会社綿利商店に対し、金六六万九〇〇〇円およびうち金六〇万九〇〇〇円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。

原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告田中利信に対し、三二〇万四七六〇円およびうち二九一万四七六〇円に対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告株式会社綿利商店に対し、二七八万九六七〇円およびうち二四五万九六七〇円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四七年一〇月二七日午後三時五〇分頃

2  場所 大阪府豊中市螢ケ池東町四の六の八 国道一七六号線

3  加害車 普通乗用自動車(大阪五五ふ一六九〇号)

右運転者 被告

4  被害者 原告田中利信

5  態様 原告田中運転車並びに後続車が信号待ちのため停止中被告が信号を無視して突込み、後続車を避けたはずみにハンドルをとられ、原告運転車左後部に追突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告は、加害車を保有し、事故当時これを自己のために運行の用に供していた。

2  不法行為責任(民法七〇九条)

加害車を運転していた被告としては、運転中は絶えず進路前方を注視し、先行車の動向に注意しつつ安全な速度で進行し、直前の車両が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けるために必要な距離を保持して進行すべき注意義務があるのにこれを怠つたため、原告運転車、その後続車、さらに後続の被告運転車が共に北から南へ進行中、原告車が停止信号により停止したところ、被告は急ブレーキをかけたが原告後続車を避けそこなつた途端その前にいた原告車に追突したものである。

三  損害

(原告田中利信の損害)

1 受傷、治療経過等

事故発生直後頭部に激痛をおぼえたが、暫らくして一応痛みが治つたので、原、被告同行のうえ巽外科病院へ行き診断の結果二週間の安静加療を要する程度であつたが、その翌朝起床時には寸余も身動きできない重症のむちうち症となり、当日(昭和四七年一〇月二八日)から昭和四八年三月頃までは全く労働ができず自宅にて療養、同年四月頃から七月頃までは日に一~二時間程度、同年八月から九月にかけては平常の約半分、同年一〇月頃から昭和四九年一〇月頃までは平常の三分の二程度稼働し得た。そこでこれらを総合的にみると事故発生より延日数約一〇か月間は全く休業を余儀なくされたものといえる。

2 治療関係費

(一) 治療費

巽外科病院 一一万三二二〇円

喜内鍼灸治療院 三万三〇〇円

小林医院 二万円

(二) 交通費

巽外科に昭和四八年四月六日から同年一〇月二六日までに二七日間通院したが、一往復に三五〇円を要するのでこの合計九四五〇円

喜内鍼灸治療院に四二回、一往復のタクシー料金は三二〇円、バス料金は八〇円であるところ、何れも二一回宛利用したのでこの合計八四〇〇円

小林医院への通院のため阪神高速道路通行料二〇〇〇円を含め、駐車料、ガソリン代等の合計二万一二四〇円

3 逸失利益

(一) 予定行事取消に伴なう損害

伏尾ゴルフクラブ 五五〇〇円

山の原ゴルフクラブ 一万円

池田商工会議所 三〇〇〇円

六二会 三六〇〇円

(何れも各クラブまたは会に出席できなかつたことによる会費の無駄払い)

(二) 建築の予定が遅れたことによる損害

原告が建築を予定していた木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼事務所 床面積一階一五坪、二階一五坪の昭和四七年九月末頃の見積価額は四二〇万円(坪当り一四万円)であつたところ、本件事故のため右建築にかかるのが遅れ、昭和五〇年五月頃になつて建築することになつた時にはこの価額は約五一〇万円となつたので右差額九〇万円の損害を被つたものである。

4 慰藉料

昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年三月までの五か月は病状も重く働けなかつたので月一〇万円の割合で、昭和四八年四月以降六か月間は多少軽快したことから月五万円の割合で、昭和四八年一〇月より昭和四九年一〇月までの一三か月間は軽快したといえるので月三万円の割合で慰藉料が支払われるべきである。

さらに後遺症に対する慰藉料は五〇万円を相当とする。

5 弁護士費用 二九万円

(原告会社の損害)

原告田中利信は原告会社の代表取締役であり、原告会社は従業員も殆んどいない小規模経営であるため、原告利信が休業する場合には原告会社はその全損害を被る関係にあるので、本件事故により原告会社も損害賠償請求権を有するものである。

1 逸失利益

(一) 原告田中利信が就業できないため、代りの使用人を雇つたことによる損害

横田甲太郎外七名を雇入れた分 三九万九〇〇〇円

田中利雄(原告利信の父) 三五万八六〇〇円

中沢茂樹雇入れ分 四六万四五〇〇円

野口末広雇入れ分 一万円

合計一二三万二一〇〇円

(二) 休業による営業利益の減少

事故の前年期(昭和四六年三月一日より昭和四七年二月末日まで)の営業利益は二一六万六二四円であつたが、事故のあつた営業期(昭和四七年三月一日より昭和四八年二月末日まで)の営業利益は五四万八一七七円であつたので、この差額一六一万二四四七円は事故による営業利益の減少(損害)である。

(三) 開店の遅れたことによる損害

開店が遅れたことにより売上げ予定額が年間二五〇万円減少し、利益率は二〇%とみられるので、これにより五〇万円の損害を被つた。

2 弁護士費用 三三万円

四  損害の填補

原告田中利信の損害については、予定していた建築の遅れによる損失残六三万二八〇円と慰藉料、弁護士費用を除いたものは被告からの支払により既に填補済である。原告会社の損害については、被告から代りの使用人雇入れによる出費分のうち三九万一〇〇〇円の支払をうけている。

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし4は認め、5のうち被告が信号を無視して突込みとの点は否認し、その余は認める。

二の1は認める。

二の2は認める。

三は不知。

第四被告の主張

一  原告田中利信請求の巽外科病院治療費一一万三二二〇円は既に被告が支払済のもので、二重請求である。即ち昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年一〇月二六日までの診療実日数五一日分の治療費二二万八〇円を被告において支払済であることは、甲第三号証により明白である。

このことは、乙第一五、乙第一七号証、乙第四五ないし乙第五六号証によるも同様である。

二  つぎに、被告が既に支払つた交通費一万三三八〇円(甲第一三号証の一)、未払交通費三万七六三〇円(甲第一三号証の二、三、四、五)は原告の病状からみて、いずれもタクシー利用の必要はなく、バス、電車で十分と考えられるところ、右既払、未払の交通費合計五万一〇一〇円は、バス利用が可能であつた七六回分(一回八〇円の割合で)に小林医院の交通費八回分を電車、バスを利用し一回概算七〇〇円とみると、これら合計は一万一六八〇円となるので、被告は原告に一七〇〇円を加払している結果となる。

このことから、原告田中請求の交通費(巽外科、喜内鍼灸、小林医院)三万九一四〇円についても二重請求であつて、却つて右過払金一七〇〇円につき損益相殺されるべきである。

三  被告より原告に支払済のゴルフのキヤンセル料金七五〇〇円および久美浜カンツリー視察料金一万五〇〇〇円(乙第四、五、六号証)は本来本件交通事故による損害とはいえない(事故と相当因果関係がない)もので、被告において支払うべきものでないから、他の損害と損益相殺されるべきである。

四  そこで、被告は右支払済の一一万三二二〇円と一七〇〇円(過払分)と二万二五〇〇円の合計金(一三万七四二〇円)に原告が自認する八八万五四三〇円の総計九九万八六五〇円を原告田中利信の損害と損益相殺する。

五  原告田中請求にかかる逸失利益(予定行事取消、建築遅延によるもの)は本件交通事故と相当因果関係がないものであるから認め得ない。

なお、原告田中は本件交通事故によつて入院は全く必要としておらず、且つ事故後一年を経過した時の診断書によると治癒とされており、その間相当回数ゴルフに行つている事実などからしても、同原告の傷害程度は非常に軽いものであつたと認められるのであつて、その慰藉料としてもせいぜい自賠責保険査定事務所の認めた一一万六〇〇〇円が相当である。

六  原告会社の損害として請求があるものについては、およそ本件交通事故とは関係なきもので、同原告が請求する法的根拠も判然としない。

従つて被告より原告会社に対し損害を填補したことはなく、被告の支払は全て原告田中利信の損害に対してなしたものである。

七  以上のとおりで、被告は原告らに対し、本件交通事故による損害については、むしろ過払の関係にあるもので原告らの本訴請求は全く理由がない。

第五被告の主張に対する原告らの答弁および反論

一  原告田中が請求している巽外科病院の治療費は、被告より支払を受けた分を除外してある(被告支払分は本訴請求外の同病院に支払つた原告の治療費である)。

従つて二重請求はしておらない。

二  被告が未払交通費として七四四〇円と一万二三四〇円を加算しているのは誤りで二万一二四〇円(甲第一三号証の六)を加算すべきものである。

ところで、被告はバス、電車の利用で十分であつたと主張するが、原告田中の症状はいずれもタクシーにより通院する必要があつたのであるが、かくてはタクシー料金が多額に上り、被告の負担が増大することを慮り自家用車で通院することを被告に相談したところ、被告もこれを了解したのでこの承諾に基き原告田中は自家用車で通院したものである。

因に被告のいう如くバス、電車で池田市から大阪市天王寺まで通院するとなると、バス、電車の待時間が多く、殊に地下鉄の乗降、階段の上り下り等健康人の体力でも相当の疲労を伴なうものであり、況やむちうち症状を呈する原告田中の体力ではその疲労は大きく到底耐えられるものではない。まさに自家用車によつて高速道路を通行して通院したからこそこの間の通院に耐え得たのである。乗用車の運転に熟練した者であれば電車、バスによる通院よりも自家用乗用車による通院の方がはるかに疲労が少ない。右原告肩書住居から阪急池田駅までバスで五分、さらに阪急電車、地下鉄を経由して天王寺までは約九〇分を要する。これを自家用車で行くと高速道路で三〇分、高速道入口から二分の場所で時間、疲労度両面から結果がいいのでこの方法によつたものである。

被告が原告田中に異議なく前記交通費を支払つたのもこの事情を理解し納得していたからで、同原告が症状の故に徒歩を困難とし、被告に通院の便を求めれば、被告は自分で車を運転して送迎せざるを得ず、かくては被告の時間的、経済的負担は甚大なものとなつたから、被告は異議なく承諾し支払したのである。

三  ゴルフキヤンセル料も被告が納得のうえ支払つたのである。

四  金八八万五四三〇円については本訴上既に損益相殺してあり、これを超える自働債権の存在しないことは前記のとおりである。

五  原告田中が入院しなかつた理由は同原告は自己が会社々長としての責任上全く入院してしまうことができなかつたことにある。同原告のような職業上の立場にない人ならば当然入院したであろう症状であつたもので、原告は右事情で入院こそしなかつたが終日床についており入院と同程度の養生を余儀なくされ、その苦痛は入院以上であつたもので、慰藉料算定にあたり単に入院したか否かについてのみで形式的に論ずべきではない。

また一年経過後の診断書には別紙で添付された巽医師の所見があり、原告の愁訴を当然とし、労務不能および労働力低下を来たすことを認めている。従つてここに「治癒」とあるのは完全に治療を終了し全快したというものではなく、症状は残つているが治療の方法がないから即ち医学上とり得る手段がこれ以上ないという意味の表現であると理解されるべきものである。

同原告がゴルフに行つた理由は、巽医師からむちうち症の治療方法としてゴルフをすることを勧められたので、これに従つたまでのことで、被告のいうようにゴルフができるまでに回復していたとか、傷害程度の軽かつたことを示すようなものではない。肉体的な苦痛に耐えてまでゴルフをして一日も早く回復するよう養生に努めた同原告の心情を先ず理解すべきである。

六  原告株式会社綿利商店の請求する損害は、原告田中が原告会社の社長としてこの法人の業務を主宰していたが、同人が本件事故による受傷で仕事ができなくなつたことによつて、原告会社に前記損害が発生したもので、右事故と直接因果関係のある損害である。

七  被告の第七項の主張は争う。

証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は、被告が信号を無視して突込んだとの点を除いて当事者間に争いがない。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法三条により、本件事故による原告らの損害(物損を除く)を賠償する責任がある。

二  不法行為責任

請求原因の二の2事実は、当事者間に争いがないから、被告は民法七〇九条により、本件事故による原告らの損害(物損を含む)を賠償する責任がある。

第三損害

(原告田中利信の損害)

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない乙第五七、第五八、第五九号証、原告田中利信本人尋問の結果(第一、二回)によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし二四、成立に争いのない乙第一九ないし乙第二六号証、乙第二八、乙第三一号証、乙第四五ないし乙第五六号証によると、原告田中利信は本件追突事故により外傷性頸部症候群の傷害を負い、昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年一〇月二六日までの間にほゞ一週間に一回の割合で大阪府池田市内の巽外科病院に通院して治療をうけ(実通院治療日数五一日)、治療内容は内服薬三五六日分を貰つた外は受傷当日より昭和四八年一月三一日までの間に外用薬一三回分を投与された事実が認められ、さらに右原告本人尋問の結果により成立を認められる甲第二号証によれば、同原告は頸部痛、頭痛、めまい、精神不全を強く来たし、安静その他によるもこれら愁訴が長く強く継続したが諸症共に徐々に軽快し、前記昭和四八年一〇月二六日を以つて巽外科病院において治療に当つた医師巽亘は右原告の傷病治癒と判断した事実が認められる。

なお成立に争いのない乙第三〇、第三二、第三三号証によると右原告は右受傷治療のため、昭和四七年一一月から同年一二月上旬にかけて池田市内の岩井医院で主として静脈内注射による治療をうけた事実が認められ、右原告本人尋問の結果およびこれにより成立を認めることができる甲第五号証の一ないし六、甲第六号証の一ないし一五によると、同原告は昭和四八年一月八日から同年三月三日までの間に三九回にわたり、池田市内の喜内鍼灸院において鍼治療をうけた外、同年三月二八日から同年五月末ころまで大阪市天王寺区内の小林医院良導絡診療所においても通院治療をうけた事実が認められる。

2  治療関係費

(一) 治療費

前掲甲第四号証の一ないし二四によれば、原告田中利信は前記巽外科病院における昭和四八年四月六日以降同年一〇月二六日までの治療費(二七回分)として一一万三二二〇円を支払つている事実が認められる(因みに前掲乙第一九ないし乙第二六号証、乙第二八、乙第三一号証、乙第四五ないし乙第五六号証によれば、被告において同病院における右原告の昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年三月三一日までの治療費(二四回分)一〇万二六六〇円を支払済であることが認められるけれども、これについては同原告において本訴において請求しておらない)。

なお成立に争いのない乙第五七ないし第五九号証には、被告において昭和四七年一〇月二七日から昭和四八年一〇月二六日までの巽外科病院における同原告の治療費二二万八〇円を支払つた旨の記載があり、成立に争いのない甲第三号証にも同旨の記載があるが、右原告本人尋問の結果(第一、二回)およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一五号証によれば、右被告より支払つた旨の記載はいずれも誤記であり、巽外科には原告田中において支払つたうえ、その分について被告より弁済があつた分があるというにすぎないもので、被告より直接巽外科に支払つたものもないではないが、その額は少額で、殆んどは原告田中が立替支払後被告より右原告に、弁済していたことが認められることから、原告本人尋問の結果中この点に関する供述は十分信用できる。

前掲甲第五号証の一ないし五によれば、原告田中は喜内鍼灸院こと井関義憲方における治療費として二万八七〇〇円を同院に支払つたことが認められる。原告田中利信本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の四には右の外にさらに二回同鍼灸院にて治療をうけ一六〇〇円を支払つた旨の記載があるが、右記載だけではたゞちにこれを信用することはできず、他に右金額を超える支払があつたことを認めるに足る証拠はない。

さらに右原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一三号証の五、六には前記小林医院における治療費(一三回分)として二万円を要した旨の記載および供述があるが、右本人尋問の結果によつても同医院での治療費の領収書は貰えないというのであり、右原告の記憶に基づく記載のみを以つて未だ右金額の出費があつたと認めるに十分とはいえず、他にこれを認めるに足る証拠もないので、結局右小林医院分はこれを本件事故による損害と認めるに由ないというべきである。

(二) 通院交通費

前掲甲第四号証の一ないし二四および原告田中利信本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の二によれば、同原告は前記巽外科病院への通院交通費として九四五〇円(一往復三五〇円の割合による二七回分)を要したことが、前掲甲第五号証の一ないし五および右原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一三号証の三によれば、右原告は前記喜内鍼灸院への通院交通費としてタクシー往復分六四〇〇円(一往復三二〇円の割合による二〇回分)とバス往復分一五二〇円(一往復八〇円の割合による一九回分)を要したこと、さらに右原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六号証の一ないし一三、甲第一三号証の五、六によれば前記小林医院への通院交通費として、その主張のとおり二万一二四〇円を要したことがそれぞれ認められる。原告請求にかゝる通院交通費について、右金額を超える分については未だこれを認めるに十分な証拠がない。

3  予定行事取消による損害

原告田中利信本人尋問の結果(第一回)およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし四によれば、同原告は伏尾ゴルフクラブ、山ノ原ゴルフクラブにそれぞれ年会費、池田商工会議所内のゴルフクラブに昭和四七年一〇月より翌年三月末までの後期分の会費を支払つていた事実が認められるところ、これらはいずれもその会費の性質上出場の多少によつて変動を来たすものではなく一定額であることが右原告本人尋問の結果によつても認められるので、たとえ右原告が本件事故による受傷のため現実に予定されていた何回かのプレイが出来なかつたとしても、それは自分の本意によらずして行けなくされたいわばその精神的な無念さを対象に慰藉料額の算定にあたり斟酌すべき事情とはなり得ても、それに対応する分だけ会費の何分の一かを支払わなくてもいいものを支払つたということにはならず、他に現実に財産上の損害を被つたとみることもできない。

さらに右原告が昭和四八年六月一六日から翌一七日にかけて一行八名で予定していた北陸、山代温泉方面の旅行にしても、旅行斡旋先からの旅程ならびに旅費計算の案内があつたのが同年五月中旬であつたと認められるので、(甲第七号証の四)これらはいずれも本件事故後数か月を経ており、右原告においても自己の病状を把握し得る時期(たとえば申込に先立ち医師と相談するとか、自分なりにも見当がつく)にあつたのであるから、その申込後取消さざるを得なくなつたからといつて、その取消手数料相当分を被告に負担させることは公平の見地からも相当でなく、右事情に照せばそもそも本件事故と相当因果関係のある損害とも認められない。

つぎに右原告本人尋問の結果およびこれにより成立を認め得る甲第一〇号証によれば、同原告にその主張の如き建物の建築予定があつたことはこれを認めることができるものゝさらに進んでその着工時期が本件事故当時決つていたとか、現実に一部の建築にとりかかるため金銭の授受があつたり、資材が選定されていたというものではなく、未だ建築予定とそれに対応した建築見積りをしたというに過ぎなかつたものとみられるので、その後現実に建築した段階では経済事情の変化のため当初予定時の見積額より高額となつたとしても、右認定事情の下では未だこれが差額をたゞちに本件事故のため建築が遷延したことによる損害と認めることは到底できず、これまた結局本件事故と相当因果関係のある損害とは認められないことに帰する。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告田中利信の傷害の部位、程度、治療の経過、年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、右原告の慰藉料額は三五万円とするのが相当であると認められる。

(原告会社の損害)

原告田中利信本人尋問の結果(第一回)およびこれによりいずれも真正に成立したものと認められる別表下欄掲記の各証拠によると、いずれも原告利信が就業できなかつたためその代人として雇入れた者への支払として原告会社から同表各欄に記載のとおりの出費があつた事実を認めることができる。そこでこれらの各出費が本件事故と相当因果関係のある損害であるか否かにつき考えるに、右原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第九号証の二、成立に争いのない乙第一二号証の一、二および弁論の全趣旨によると、原告会社においては、原告利信に対しては本件事故後も継続して事故前と同額の給与(月額金二〇万円)を支払つている事実が認められるので、原告利信が本件事故による受傷のため就業できなかつた期間に対応する支給分については、いわば本来原告利信に発生すべき損害を原告会社において肩替りしたものとみることができるから、その限度においては前記出費も本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる筋合である。

而して右原告本人尋問の結果(第一、二回)およびこれにより成立を認め得る甲第二号証、甲第一二号証の一ないし六、成立に争いのない乙第一三号証に前記認定にかかる原告利信の症状、治療の経過を総合考慮すると、原告利信は本件事故のため五か月間は就業できなかつたものと認めることができるから、この間の休業損害相当額たる一〇〇万円の限度においては前記のとおり本来原告利信に生ずべき損害を原告会社において立替払いをしたものとみて原告会社に損害の発生を認め得るが、右金額を超える分についてはもはや本件事故と相当因果関係があるものとは認められない。

〈省略〉

また原告会社の役員、その従業員をも含めた同会社の組織内容、担当職務等が明らかにされないので、原告会社主張の原告利信休業による営業利益の減少、開店が遅れたことによる損害が、いずれも原告利信(同人が原告会社の代表取締役であることは弁論の全趣旨上明らかである)が本件事故による受傷のため就業できなかつたことと相当因果関係があるものとはにわかに認め難いものである。

第四損害の填補

被告より、原告田中利信においては四九万四四三〇円、原告会社においては三九万一〇〇〇円の支払を受けていることは、各原告においてそれぞれ自認するところであるから、原告らの前記損害額から右填補分を差引くと、残損害額は原告田中利信にあつては三万六一〇〇円、原告会社は六〇万九〇〇〇円となる。

(成立に争いのない乙第四、五、六号証と原告田中利信本人尋問の結果(第一回)によると、被告はいずれも本訴請求外のものとして原告田中に対し、1伏尾ゴルフクラブにおける昭和四七年一一月一九日申込のプレイ取消によるビジター三名のキヤンセル料七五〇〇円、2原告田中が入会申請し、入会金払込に先立ち現地のゴルフ場の下見を水方清に依頼した交通費、謝礼等一万五〇〇〇円を各支払つていることが認められるところ、これらの出費はいずれも原告田中が本件事故で受傷したため、当該場所に出かけられなかつたことによるものと認められるので、本件事故と相当因果関係のある損害とみることができる)。

第五弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告田中利信は四〇〇〇円、原告会社は六万円とするのが相当であると認められる。

第六結論

よつて、被告は原告田中利信に対し四万一〇〇円およびうち弁護士費用を除く三万六一〇〇円につき被告へ訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和五〇年一一月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告株式会社綿利商店に対し六六万九〇〇〇円およびうち弁護士費用を除く六〇万九〇〇〇円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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